俺の料理を食べてほしい

これは俺の晩餐だ。

なぜ意識の高い大学生は生まれるのか

世の中にはやたらと意識の高い大学生がいる。
彼らは夢を語り、理想を語り、自分を語る。

綺麗な言葉を並べ、周りに語って聴かせる。

しかし、その多くは言葉だけであり、具体的なアウトプットは出ない。

なぜ彼らの意識は高いのか?

料理ブログを初めてやっとわかった。
理想を語ることしかできないからである。

具体的なアウトプットを出す過程を経験していないから、崇高な理想を語る。
実際に何かを生み出す過程はほぼ例外なく泥臭い試行錯誤が必要だ。

だが、大学生は何もできないから、理想だけを語る。
そうして、意識が高い大学生が生まれる。


ひるがえって、自分を見てみよう。
料理アカウントとして、理想を語り、夢を語り、目標を語った。

しかし、具体的なアウトプットが出せない。
全然作れない。

今日は餅を作ってみたが、餅ごときで手こずった。
何がダメかって、放っておいたらいつの間にか焦げてしまったことだ。

魚を焼くやつで焼いてみたが、ダメだった。
結果、レシピを載せることもできず、具体的なアウトプットを示すこともできない。

そうやって、意識の高い料理アカウントは作られていくのである。

しかし、理想がなくても行動はできるが、理想を伴った行動の方が強い。
俺は全くのゼロからのスタートだが、来年の今頃には必ず、皆が羨むような家庭料理を作ってみせる。

そして、それをツイッターで自慢するのだ。